大変悲しいことに、児童生徒の自殺者数は2022年に過去最多を記録し、その後も高止まりが続いている状況です。このような中、学校現場ではタブレット端末を活用し、児童生徒のリスクを把握する取り組みが広がっています。その一例として、「RAMPS(ランプス)」を開発した東京大学大学院の北川裕子特任助教(38)に、子どもの心の危機を察知する方法についてお話を伺いました。
(※2024年11月19日 朝日新聞の記事を参考に要約しています。)
タブレットで心の危機を察知する。RAMPSの活用方法と利点
タブレット端末で心の危機を察知するツール「RAMPS」を活用する利点については以下です。
生徒はスマートフォンを含むデジタル端末の操作に慣れているため、対面で質問されるよりもリラックスして本音を答える傾向があります。
このシステムの流れは、まず1次検査としてタブレット画面に表示される11項目の質問に子どもが1人で答えることから始まります。
その結果を基に必要性が判断されると、2次検査で保健室の養護教諭や担任がより詳しい質問をし、リスクの程度を判定します。
質問は、答えやすい「睡眠」や「食欲」に関する項目から始まり、その後「生きていても仕方がないと考えたことは?」「自分を傷つけたことはありますか?」など、精神的な不調について深く掘り下げます。
質問ごとに画面が切り替わり、選択肢を指でタップするだけで回答できるためスムーズに進められる仕組みです。また、選択肢を選ぶまでの時間を記録することで、迷った様子やためらいがあったかどうかも把握できます。
さらに、2次検査では「死にたい気持ち」や「自殺を試みた経験」、さらには具体的な準備行動についても尋ねることで、心の危機の深刻度をより正確に評価します。
ストレートに聞く理由とは、子どもの心の声に向き合うため
中高生2万人を対象にしたアンケート解析の結果、「本気で死にたいと考えている子どもほど助けを求めることが少ない」という傾向が明らかになりました。
そのため、大人が相談を待つだけでは危機を見逃してしまう可能性が高いのです。
過去には、元気そうに見える中学生の男子生徒が2次検査で自殺未遂の経験を話してくれたことがありました。
彼は「今まで誰にも聞かれたことがなかった。『死にたい』なんて自分からは言えない」という言葉を残しました。
この一言は、私たちにとって非常に重要な示唆を与えます。
「自殺について尋ねると、かえって死にたい気持ちを強めてしまうのではないか」と心配する声もありますが、そのような研究結果は存在しません。
むしろ、生徒に率直に尋ねることが「この話をしても良いのだ」というメッセージになると考えています。
また、「学校で自殺について話題にすることに抵抗がある」という声に対しても、2次検査の質問内容が決まっていることで教員が迷うことなく尋ねやすいと好評です。
このような明確なプロセスは、教員にとっても生徒にとっても安心できる環境を提供しています。
過去の自殺未遂歴が示すリスクとその後の可能性
では、自殺未遂歴がある人の危険性はどのような点にあるのでしょうか。
自殺の予測因子として最も強力な要因の一つが、過去の自殺未遂歴であることが知られています。
その行為は繰り返される傾向があり、特に注意が必要です。
一方で、自殺未遂後に救命された人を対象とした研究では、90%が少なくとも1年後も生存しているというデータも報告されています。
この結果は、周囲がその危機を察知し、適切なケアにつなげたことが本人の「ターニングポイント」になった可能性を示しています。
適切な支援が提供されれば、自殺未遂を経験した人でも回復の道を歩むことができることを示唆する重要なデータと言えるでしょう。
チームで取り組む重要性。RAMPS導入校の反応と活用事例
導入校ではどのような反応が見られているのでしょうか。
RAMPSの導入が始まった10年前から利用校は年々増え、中学・高校を合わせて延べ6万人に活用されてきました。
その中で、「本人が抱える悩みを親も先生も全く察知しておらず、回答結果から危機的状況を把握し、適切に対処して大事に至らなかった」という事例が数多く報告されています。
高リスクと判定された場合は、校長や担任などの管理職を含む関係者に自動で緊急メールが送られる仕組みを採用しています。
これは、養護教諭だけで対応するのではなく、チーム全体で支援を行う必要があるためです。
そのため、校内の多くの先生にRAMPSの研修を受けてもらうことを重視しています。
また、全校対象の集団検診や、不登校の生徒への個別検診も、コロナ禍後に実施可能な体制を整えました。
さらに、月に1回、導入校の教員が参加できるオンラインの交流会を設け、活用方法や疑問点、悩みを共有する場を提供しています。
なお、RAMPSが担うのは危機を察知するまでであり、その後の対応が最も重要です。
そのため、保護者や地域の専門家との連携を強化し、継続的なサポートを目指したいと考えています。
RAMPS(ランプス)とは子どもの心の健康を見守るリスク評価ツール
RAMPS(ランプス)は、英語で「心身の状態のリスク評価」を意味する言葉の略称です。
精神科で使用される指標を基に設計されており、タブレット端末を活用して子どもの回答から自殺リスクを判定する仕組みです。
文部科学省が推進する「心の健康観察」の一環として紹介されており、情報端末を使った精神状態の把握に役立っています。
一般社団法人「RAMPS」が窓口となり、主に中学・高校の保健室で活用されており、現在は10都道府県、168校で導入されています。
このシステムの利用費用は1校あたり年間7万円、生徒1人あたり年間200円となっています。
RAMPSは子どもの心の健康を見守るための重要なツールとして、学校現場で広く利用されています。